埼大から世界へ

埼玉大学

埼大教養学部に入ったのは、元々世界史が好きで、世界史を勉強したいと思ったからでした。しかし、1年生の時に受講した国際経済学が、授業のやり方も内容も刺激的で、興味が変わったことが、今から思えばその後の人生を大きく変えました。

同授業で、埼大で国際経済学を学ぶと、卒業後は海外大学院留学も夢ではないということがわかり、その後の埼大生活では、海外大学院留学を目指して、勉学に励むことになりました。2年生から国際経済学のゼミにも入り、ゼミ生の先輩・友人と共に、夜遅くまで先生からご指導頂いたこと、レポートの締切直前には明け方まで研究室に籠ってレポート作業していたことは、今でも鮮明に覚えています。

カリフォルニア大学サンディエゴ校

埼大卒業後は、当初抱いていた目標が叶い、米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校に大学院留学することができ、そこでは国際関係論を学びました。

2年制の修士プログラムで、1年生約200名全員が2年生になれるのではなく、同級生の平均以上の成績を取らなければ2年生になれず退学となる条件だったことに、米国の競争社会を垣間見ました。教室からカリフォルニアの青い空・青い海が見える中、机に向かい勉強に集中するのは大変でしたが、2年生に進級できなければ、大学院留学を応援してくれた方々に申し訳が立たないと思い、必死に勉強し、何とか2年生に進級し、卒業できました。

卒業式には、以前テレビでみたローブを着ることができたのはいい思い出です。

商社

大学院修了後は、機械系の専門商社に入社し、海外の発電所建設プロジェクトの契約管理業務を行いました。入社当初は、右も左もわからず失敗ばかりでしたが、やさしく指導して下さった上司・先輩には頭が上がりません。海外の事務所や客先との仕事も多く、時差や言語・文化の壁にぶち当たることもありましたが、それでも少しずつ発電所が出来上がってくるのをみると達成感がありました。

また、2009年3月から約2年半、インドネシアに駐在する機会もありました。最前線の現場では、毎日何らかの問題が発生し、その解決に四苦八苦していました。上手くいかないことが大半で、一日中働き詰めの大変厳しい環境でしたが、課題を解決できた際の感動は一入でしたし、インドネシアでの厳しい経験があったからこそ、今の自分があるのだと思います。

開発コンサルタント

インドネシアから帰任後、現場への思いが強かったため、すぐに現場に行けるということで、開発コンサルタントに転職しました。転職後すぐにバングラデシュに駐在となり、同国で2012年5月から約3年間、円借款事業の実施支援業務を行うことになりました。

円借款事業を実施しているバングラデシュの公官庁や公社に対して、円借款事業の仕組みや手続きを説明し、サポートする仕事です。駐在した当初は、電気や道路などのインフラが十分に整備されておらず、停電や渋滞に悩まされることもしょっちゅうでしたが、事業が進むにつれて、日々改善されていく発展スピードの速さを目のあたりにすると、自身の仕事が少しでもこの発展に貢献できていると思え、この仕事の醍醐味だと思います。

現在

バングラデシュから帰任後も、引き続き開発コンサルタントとして、ミャンマーやインドネシア、ペルーにセルビアなど、世界中で仕事をする機会があり、充実した毎日を過ごしていましたが、2020年初から2021年6月現在までコロナ禍により、なかなか海外に行けない日々となりました。

海外に出られないという意味で退屈な面はありますが、在宅勤務中心の勤務体制となったこともあり、家族と過ごす時間が増えたのは、良い面でした。

自身にとって、日本とは文化背景の違う人たちと、その国の発展という目標のために一緒になって働けるこの仕事は天職だと思っており、また海外に出られる日々が早く戻ってくることを祈っています。

(編集部注:この原稿は2021年6月に寄稿いただきました)